ホーム自然と共生する家作り>特別対談「シックハウスについて」
 

東 賢一
博士(工学)・近畿大学医学部講師

著書・監修に『住居医学(Ⅳ)』(米田出版)、『建築に使われる化学物質辞典』(共著・風土社刊)『予防原則-人と環境の保護のための基本理念』(合同出版)など。専門分野は、環境保健、環境リスク、室内空気汚染。主に生活環境中の化学物質や微生物による健康影響の研究に携わる。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

今も大きなシックハウスの問題

 

森本 東先生には日頃から室内環境についてご教授をいただいていますが、地球環境だけでなく我々の健康の問題も含めて、環境という切り口は多種多様ですよね。つまり我々が健康に暮らすためには、環境を整えなければなりませんが、特に住宅というのは私達がかなりの時間を過ごす空間ですから、ここをうまく整えておくというのは健康に暮らす上でとても大切なのではないでしょうか。

 

 そうです、大切なことですね。

 
森本 その住宅に関して、いわゆる身体に有害な化学物質の問題があります。特に子供達が暮らす住まい。今回は住まいにおいて有害な化学物質がどういう問題を持っているのかお聞かせいただきたいと思います。一時、シックハウスあるいはシックスクールという言葉が取りざたされましたが、最近ではどうなっているのでしょうか。

 

 日本でシックハウスの問題がクローズアップされたのは、1990年代の前半くらいからでした。それから10年ほどいろんな調査があって、法律とか指針値などができました。例えば、厚生労働省のほうでは13物質の室内濃度指針値、国土交通省では建築基準法の規制などが2000年から2003年にかけて行われました。その時、対象になった物質は規制や指針値によって濃度が下がり使われなくなりましたが、10年くらい経った今はどうかというと、違うものによって問題が起きたり、これまで気付かれなかったところで新たな問題が起きたりしています。そこで我々は、そういう未規制物質の問題を取り上げています。シックハウス問題では保健所の方や行政の方たちが現場に行かれた状況を聞いたり、私も問い合わせを受けて何度か現場に行きましたが、いわゆる指針値があるものの濃度を測ると濃度は低いんですね。しかし、やっぱり健康面の問題はその場で起きている。じゃ、何があるのかいろんな分析方法を駆使して調べていくと、今まで規制されていなかったり、指針値が定められていなかった物質が出てきました。たとえば2エチルヘキサノールやテキサノールです。おそらくシックハウスの問題は一時に比べると沈静化しているんですけど、根深い問題は解決できていなかったので、シックハウスの症状を訴える方がまだまだいらっしゃったんですね。しかし、こういった問題はずっと前から起こっていました。昔、日本ではクロルデンという有機塩素系の農薬を使っていました。それによって健康を害する方が非常に多かったため、法律を改正して使用を禁止し、そしてクロルピリホスという有機リン系が使われるようになりました。ただ、それから10年、20年ほど経ったらまた問題が起こり、建築基準法の改正でクロルピリホスの使用が禁止されました。じゃあ今は何を使っているのかというと、ネオニコチニル系とかピレスロイド系とかを使っています。そして今、このうちネオニコチニル系に関しては、どうも問題が起き始めているのではないかと言われています。ある物質をいったん規制しても、また別の物質で問題が起きる。そういう歴史の繰り返しみたいなものがあるんですよね。これは住宅だけではなく、食品などでも同じ問題が起こっていますが、まだまだ根深いのが現状です。

 

森本 一時、流行のようにシックハウスと言われましたが、実態としてはその問題が解決したわけでなく、相変わらずお困りになっておられる方がいるわけですね。

 

 ええ、いらっしゃいますね。

 

森本 いつも先生から教えていただいているのは、毒と薬は紙一重みたいなところがあって、同じものを使いすぎると普通なら問題ないものでも悪さをする場合がある。また一方で、毒性があっても使い方によっては薬にもなると。きっとバランスが大切なんでしょうね。

 

 はい。バランスもですし、どれくらいの量を使うのかということと曝露による健康への影響が重要です。我々は反応と言っていますが、量と反応の関係です。どれくらいの量であれば許容できるかが分かれば、ここまでだったら使える、これ以上は使えないといった判断ができますからね。食品添加物や農薬にはポジティブリストというのがありまして、許容濃度が示されています。使えるものはこれで、この濃度までなら使用できるというのが示されていて、これだったら安心できるという判断が可能なわけです。逆にそういうデータがないものに関しては、何が起こるか分からないから使いにくい。だから、健康に影響を及ぼさない量が把握できれば、その範囲内で建材もうまく住宅に使えるでしょうし、そういった設計もできると思います。

 

中気密中断熱の住宅で、適度に自然の空気を取り入れる

 

森本 今日、省エネ住宅、いわゆる高気密高断熱住宅というのが良いという風潮があります。高気密となると、部屋の空気が入れ替わらないわけですから、一度温まった空気の温度が下がらないのでエネルギーの消失が少ないから良いというのです。ただ、微量でも化学物質が出ていれば、空気が入れ替わらないとどんどん量が溜まっていくので、非常にまずいわけです。そのため我々も高気密高断熱の住宅をつくるのであれば、内装材なんかはできるだけ自然素材系のものを使って、できるだけ有害な化学物質が含まれていない建材を選ぶようにしています。

 

 それはとても大切です。先ほどの話もそうですけど、濃度が上がってくるとどこかの段階で影響が出てきますから、そうならないようにしなければいけないわけです。気密性が高いところでは、できるだけそういう物質が含まれない建材を使っていくことが原則になると思います。

 

森本 日本は四季があります。それに同じ日本国内でも比較的暖かい地方と寒い地方があるわけです。そうすると、季節の変化や風土を考えて建築しないといけません。寒い地方では高気密にしなければなりませんが、春や秋には窓を開け放って気持ちの良い風通し、陽射しを楽しむような、つまり自然環境を取り入れて暮らせるシーズンもあるわけですから、できれば自然をうまく生かしたいわけです。

 

 もちろんそうですよね。

 

森本 極端に高気密高断熱にするよりも、私達としては中気密中断熱くらいで良いのではないだろうかと思います。省エネ住宅にするのですが、一方で自然の空気や季節感を感じながら暮らすことも健康のテーマだと感じますから。

 

変わりつつある「住環境」の定義

 

 なるほど。少し話は変わりますが、住環境と健康についてある国で調査されていまして、屋内の環境だけでなく屋外の環境も非常に大事だということが分かってきました。たとえば景観だとか見晴らしだとか、そういうものが人の健康に影響を与えることがあるようだと。そのため、必ずしも屋内環境だけをとらえるのではなく、周辺の環境とか住宅のデザインとかも考えようと言われています。良い環境をつくればより健康的になれるということからも、気密性を追求しなければいけない部分と、それ以外に健康を維持増進できる部分と、それらのバランスをうまく取っていくのがこれから大事なんでしょうね。

 

森本 昔、工務店は雨漏りしない頑丈な家をつくるというのが一番の役割だったわけですが、今では室内環境についての知識も必要です。住まい手が建材について調べて選択することはむずかしいですし、工務店の役割は大きく変わったと思います。ただ、そのあたりの認識が浸透しているとも思えません。私たちは先生からいろいろお話を聞いて、MSDS(マテリアル・セーフィティー・データ・シート)をチェックしてから建材を使うというのが習慣化してきましたけれども、以前はあまり考えたことがなかったんです。職人さんなんかだと、塗料にしても接着剤にしても早く乾くものを選択しますよね。ある意味、建材選びは職人さんにお任せの部分があって、早く仕事が進むもの、場合によっては値段が安くて簡単に手に入るものが選ばれていました。それが結果的にそこに住む人の健康に関わっているんだ、という認識すらないままに選んでいたんです。

 

 なるほど。

 

森本 それが今ではずいぶん環境が変わって、売られている商品にもある程度示されていますし、気にしている工務店さんなんかはMSDSを取り寄せてチェックされています。お客さんに聞かれた場合に説明ができるようにしたいですからね。

 

 MSDSはまだまだ理解しにくい部分がありますが、それを使って努力されているのは素晴らしいことですよね。本当はもっと良いベースがあれば、お客さんに対してよりうまく説明できて、より良い材料を使えるようになるんですけど…今はMSDSが主流です。

 

明らかになりつつある、無垢の木材と健康の関係

 

森本 少し話を変えますが、先生のご研究で世界の最新情報というのをお聞きかせください。WHOでは室内環境についてどういう取り組みがあるんでしょうか。

 

 WHOというのは現在、国際連合の機関ですが、国際連盟の時代から住宅と健康の問題に大きな関心を寄せていました。住宅では空気や音、光り、廃棄物、都市の環境汚染などいろんな問題がありますよね。そういったハウジング&ヘルスにずっと取り組んでいるんです。1940年代くらいからですが、主に空気汚染のガイドラインなどを出していました。2006年くらいからは、室内空気の汚染物質についてガイドラインをつくりましょうという動きがあります。化学物質だけでなく、湿気とかカビとかも健康に影響を及ぼすことが分かってきたからです。あとは燃焼汚染物質に対するガイドライン。これは石炭とか木炭を燃やすと燃焼性物質が出て、呼吸器系疾患とかを引き起こす方がいるからです。特にものを燃やして暖をとったり調理したりしている途上国では、いまだに年間何百万人も亡くなっていて大きな問題となっています。そこで、ここ5年くらいかけてこのガイドラインづくりが行われました。ただ、ほかにも住宅と健康の問題はあります。たとえば非常にうるさい環境で過ごされている方は、強いストレスで循環器系の病気になりやすいことが分かってきています。安全面では、ベランダの手すりが低い所では子どもが落下する問題がありますし、光りについては程よい光りが入るようにとか…そこで、もう少しトータルで環境というものをとらえてガイドラインをつくろうというのが、今年から始まっています。これまでのいろんな研究結果を取りまとめてきた中で、健康に対するどういった問題があるのか、2年くらいかけて整理していきます。

 

森本 私は最近、杉・ひのきを中心とした国産木材の活用によって、環境問題に関わっていこうと考えています。特に室内環境については、木材を無垢のまま使うことが健康にも良いと思っています。自然のままで使ったほうが、なんか人間にとってやさしいとか、またこれから子どもを健康に育てようとしている世代には、工業化された製品で固められた空間よりも、そういった自然のものに触れたり見たりしている方が良いのではないかと。根拠というと難しいかもしれませんが、建材としての木材が人間にどういう影響を与えるかという研究もありますし、いろんなデータも出ています。今後は有害な化学物質との兼ね合いの中で、化学物質をうまく排除したり吸着したり、自然素材を生かすことができたらと思っています。

 

 実は今そういう研究をしているんですよ。過敏性の方とかシックハウスの方の家を改装する際に、自然の木材に内装を変えるとアトピーが治ったとか鬱症状がおさまったとか、夜よく眠れるようになったとか、実感されている方がいらっしゃるそうなんです。ただ、なぜそうなるのかという根拠が分からないので調べてほしいと相談を受け、研究を始めたんです。おそらく汚染された建材を無垢の木材に変えたことで症状が良くなったのだと思いますが、最近、木材にはストレスを抑える、神経の働きを抑える物質が出てくるというのが分かってきたんです。そこで、そういう物質が良い形で人に作用するんであれば、現実として何が起こるのかなと研究しています。具体的にやっているのは、セドロールとかオイデスモールという物質が該当するんですが、そういう物質が出やすい木材をつくっていただいて、そういったものを使った内装仕様の部屋に研究協力者の方に入ってもらい、内装材を使っていない部屋の場合と比べて実験しているんです。短い時間の実験ではあまり差が出なかったんですけど、長い時間をかけてやればどうなるかとか、睡眠の改善効果がどうなるかとか調べています。

 

森本 なるほど。

 

 ほかの実験では、無垢の木材を使っているとストレスから早く回復するかどうかとか。あと、ある学校での実験なんですが、木材を使った場合にストレスや異常な行動が減るのかどうかというのも調査しています。こういったものがデータとして明らかになってくれば、木材が人に対してプラスの面で効果があるのだと分かってきます。ただ、決して治療に使うものではありません。あくまで健康を維持するための、あるいは問題があった場合に改善するために使うものです。建築関係の方々が感じていることがあるわけで、それを科学的に検証してく作業が必要だと思います。

 

森本 ホームページを見ますと、鉄筋コンクリートの構造で内装が木材の校舎と、木造の校舎を比較して、先生方がどういうストレスを感じているかアンケート調査をされていましたね。すると木造校舎の先生方のほうが、ストレスやイライラ感が少ないという結果が出ていました。

 

 やっぱり見た目の効果というものと、人に対する生理的な作用の違いというものがあるのかもしれませんね。木材から出ている物質のほかにも、温冷感というものもありますし。それが何かというものを見極めていかないといけないですね。

 

森本 温度とか湿度とか、室内の化学物質を測定して、そういうものを比較していくんですね。

 

 比較してみて、何が快適だと感じてらっしゃるのか、そこを明らかにしていくことが必要だと思います。そうすると、いろんなことがはっきり示せるわけですからね。

 

森本 人間って、元々永く森に住んでいたんでしょうから、そういう体質を引き継いできた部分もあるんじゃないかなと思うんです。たとえば森林の中の湿度は60%くらいで保たれているそうですが、それはウイルスが活動しにくい環境であり、動物にとってはわりと過ごしやすい環境なんですね。それって木に囲まれた空間というのが、我々にとっても先天的に過ごしやすいということなんじゃないかなと。

 

 調湿と温度制御の効果はあるようですよね。木材の専門家がよく正倉院の話をされますが、正倉院は20数℃で60%前後の湿度を1000年以上保ってきたそうです。外の空気が何℃になろうと、汚染物質の濃度が何%になろうと、一定の湿度と清浄な空気を保っているんですよね。そういう意味では木に囲まれたものというのは、木の調湿作用とか調温作用とか、あるいは汚染物質の除去作用とかが働いて、中のものをキレイに維持するようにできているのでしょう。木には何か特別なものがあるのかもしれないですね。実験でそういったことを確認してらっしゃる方も結構いるんです。

 

森本 なるほど、そうなんですか。それは勉強したいですね。

 

住めば住むほど、健康になる住宅へ

 

森本 あと子供たちが育つ環境についてなんですが、温室育ちというのはあんまり良くないと思っています。やっぱりある程度鍛えないと、人間というものは体質的に弱くなるというか。それぞれの風土にあった過ごし方というのがありますし、できることなら自然素材をうまく取り入れながら家づくりをしたいんです。夏でも冬でもTシャツ1枚でいられますよというのではなくて、「冬は重ね着せんとあかんわなぁ。」って、自分で着るものを調節することも含めて、自然と室内環境とのバランスを考えていかないと健康な空間はできないだろうと思います。

 

 やっぱり育つ環境によって、体力とか抵抗力がつく部分もありますからね。特に住宅に関しては、ある程度汚染物質を除去するとしても、完全にゼロにできるというわけではないでしょうし。そのバランスといいますか、それを見つけるのが重要です。

 

森本 最後にひと言。先生のご研究の中で、住宅環境というものには、解決しなければならない問題がまだまだ残っているという感覚をお持ちでしょうか。

 

 そうですね。やはり悪い部分というのがあって、それは解決していかなければいけないと思います。ひと言ではなかなか言えないんですが、空気汚染の問題もあるかもしれないし、構造的な問題というかデザインというか、快適に暮らせるかどうかということが問題かもしれません。先ほどはWHOの話をしましたけど、全体的な環境問題がまだまだあるはずです。あと、住環境がいかに健康を維持増進できるかという観点も必要だと思うんです。住宅と健康、つまり建築と医学で共同作業をしながら、どういう建物をつくれば健康的な暮らしが過ごせるかといった研究もあるんじゃないでしょうか。健康への悪い影響というのをネガティブな問題だとしたら、ポジティブな研究、健康を維持増進できるような良い作用をもたらす住宅の設計とか住まいづくりの観点で研究が進めばいいですよね。

 

森本 私達もこれからますます勉強していかなければなりませんので、いろいろと教えていただきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

 

 こちらこそよろしくお願いします。

 

森本 本日はありがとうございました。

 
 
 
   
 
       

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